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松鳳山の現在は?本名・松谷裕也の経歴、東小結の実績と引退後の活動を徹底解説

相沢 翠 相沢 翠 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
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元小結・松鳳山(しょうほうざん)は、力強い突き押しと前に出る姿勢で幕内を沸かせた元大相撲力士です。本名は松谷裕也。福岡県築上郡築上町出身で、2013年には最高位となる東小結に昇進し、横綱から金星を獲得するなど、16年間にわたって土俵で存在感を示しました。

2022年6月に引退を発表した松鳳山は、その後、相撲協会に親方として残る道ではなく、実業家として新たな人生を歩み始めました。2024年には千葉県船橋市で「焼肉ホルモン松鳳山」を開業。2026年現在、元力士として培った経験を生かしながら、飲食店経営にも取り組んでいます。現役時代の経歴、引退の経緯、所属部屋の変遷、意外な趣味や好物まで、公式記録と報道をもとに整理します。

【松鳳山とはどんな力士だったのか】本名・出身地・プロフィール

松鳳山

松鳳山裕也は、1984年2月9日生まれの元大相撲力士です。本名は松谷裕也(まつたに・ゆうや)。出身地は福岡県築上郡築上町で、旧椎田町にあたる地域です。

日本相撲協会の公式力士プロフィールによると、身長は176cm、体重は133kg。得意技は突き・押しで、現役時代は相手に圧力をかけながら前進する攻めを持ち味としていました。

四股名の変遷は「松谷」から「松鳳山」。本名に由来する「松谷」というしこ名で初土俵を踏み、その後「松鳳山」に改名して幕内上位へと進出しました。相撲関連の人物紹介では「マツタニ」という愛称も知られています。

所属部屋は、入門時の松ヶ根部屋から二所ノ関部屋を経て、最終的に放駒部屋へと移りました。これは単純に本人が何度も部屋を選び直したという話ではなく、師匠の年寄名跡や相撲部屋の継承に伴う変遷です。日本相撲協会は2021年12月、二所ノ関部屋の継承に伴い、松鳳山ら所属力士の放駒部屋への転属を発表しています。

松鳳山を理解するうえで重要なのは、最高位の小結だけに注目しないことです。幕内で51場所を務め、通算582勝605敗22休を記録。幕内優勝こそありませんでしたが、横綱からの金星5個や三賞の受賞歴を残しました。番付の頂点に届いたかどうかだけでは測れない、長年にわたる幕内力士としての実績があります。

【経歴年表】初土俵から2013年の東小結、引退まで

松鳳山は大学卒業後に大相撲の世界へ入り、幕下での経験を積みながら関取への道を切り開きました。日本相撲協会の公式プロフィールと、引退時の日刊スポーツの報道を照らし合わせると、節目となる経歴は次のとおりです。

時期 出来事 主な実績・意味
1984年2月 福岡県築上郡築上町で生まれる 本名は松谷裕也
2006年3月 初土俵 松ヶ根部屋に入門し、力士人生をスタート
2010年5月 新十両 関取に昇進
2011年11月 新入幕 幕内力士として本場所に出場
2013年1月 新三役・小結 幕内上位での活躍が番付に結びつく
2013年7月・11月 東小結 自己最高位を記録
2021年12月 放駒部屋へ転属 部屋の継承に伴う所属変更
2022年5月 現役最後の本場所 東十両12枚目で3勝12敗
2022年6月22日 引退届が受理される 16年間の現役生活に区切り
2024年5月 焼肉ホルモン松鳳山を開業 千葉県船橋市で飲食店経営を開始

松鳳山が三役に昇進したのは2013年1月場所です。その年の7月場所と11月場所には東小結まで番付を上げました。小結は三役の一つで、幕内上位の強豪と対戦する機会が増える地位です。そこに到達したこと自体が、松鳳山の実力を示しています。

日本相撲協会の公式記録では、通算成績は582勝605敗22休、幕内成績は350勝415敗。十両優勝1回、幕下優勝2回、序二段優勝1回という各段での実績もあります。三賞は殊勲賞1回、敢闘賞3回。金星は合計5個です。

こうした数字から見えるのは、単に一時期だけ番付を上げた力士ではなく、下位から関取、幕内、三役へと進み、その後も長期間にわたって土俵に立ち続けた力士の姿です。

【現役時代の評判】突き押しと金星5個が示す勝負師の輪郭

松鳳山の相撲を特徴づけるのは、得意技の突き・押しです。相手との距離を保ちながら攻めるだけでなく、前に出て圧力をかけ、勝負を動かす取り口を持ち味としていました。報道では「突貫相撲」とも表現され、相手に気持ちで引かない姿勢が印象的な力士でした。

その勝負強さを示す代表的な記録が、金星5個です。金星とは、平幕力士が横綱を破ったときに記録される殊勲のこと。日本相撲協会の公式プロフィールにも、松鳳山の金星獲得数は5個と記載されています。

三賞の内訳も、現役時代の評価を考える材料になります。殊勲賞は1回、敢闘賞は3回。殊勲賞は上位力士を破るなどの活躍、敢闘賞は土俵上での奮闘が評価される賞です。松鳳山は、横綱や上位力士に対して簡単には引かない姿勢と、粘り強く戦う力を実績に結びつけてきました。

一方、幕内優勝や大関昇進には届いていません。最高位はあくまで小結です。しかし、優勝経験の有無だけで力士の価値が決まるわけではありません。長期間幕内を維持し、横綱から金星を挙げ、三賞を獲得した点は、松鳳山のキャリアを評価する際に欠かせない要素です。

引退会見で松鳳山は、番付上位の相手に対して「気持ちで負けない、引かないと思ってやってきた」と振り返っています。金星を特別な思い出として一つずつ挙げるよりも、目の前の一番に必死で取り組んできたという姿勢が、彼自身の言葉からうかがえます。

【引退の経緯】2022年夏場所の千代の国戦が転機に

松鳳山が引退したのは2022年6月です。日本相撲協会は同月22日、元小結・松鳳山の引退届を受理したと発表しました。当時38歳で、現役最年長の関取として土俵に立っていました。

直接の転機となったのは、引退前最後の出場場所である2022年5月の夏場所です。東十両12枚目で3勝12敗と大きく負け越し、翌7月場所では幕下への陥落が見込まれる状況になっていました。

日刊スポーツの引退会見報道によると、松鳳山が決断を固めたのは夏場所14日目の千代の国戦でした。長い相撲の末に突き落としで敗れた一番を終え、「やり切った」という気持ちとともに、相撲人生が終わったと感じたと説明しています。

千秋楽の翌日には、師匠の放駒親方(元関脇・玉乃島)と今後について話し合いました。師匠は、幕下から再び十両を目指す道も考えられたものの、本人が相撲を取ることへの恐怖を口にしたことを受け、無理に続けさせるべきではないと判断した趣旨を語っています。

引退には、成績の低下だけでなく、本人が土俵で感じた区切りが関係していました。松鳳山は35歳ごろに「40歳まで関取でいる」という目標を立てていましたが、その目標には届きませんでした。会見では心残りも語りながら、16年間の力士人生について、周囲への感謝を示しています。

また、松鳳山は年寄名跡を取得しておらず、日本相撲協会に親方として残る道は選びませんでした。会見では、自分は指導者よりもプレーヤーに向いていると考えていたことや、現役時代の経験を生かして誰かをサポートする仕事への関心も明かしています。

【引退後の活動】2026年現在は船橋で焼肉店を経営

松鳳山の引退後を語るうえで中心となるのが、飲食店経営です。2024年5月19日、千葉県船橋市に「焼肉ホルモン松鳳山」を開業しました。日刊スポーツが2024年6月に掲載したインタビューでは、現役引退前から焼肉店を開くことを考えていたと明かしています。

船橋を出店先に選んだ理由には、現役生活との深いつながりがありました。松鳳山は16年間の力士生活を船橋で送り、同地を第二の故郷と位置づけています。応援してくれる人々とのつながりもあり、店を出すなら船橋と考えていたとインタビューで説明しています。

店の開業にあたっては、焼肉店で修行を積んだうえで準備を進めました。公式店舗サイトでは、宮崎県の提携牧場から仕入れる黒毛和牛のホルモンや、看板メニューの「松鳳山ロース」などを紹介しています。力士としての名前を店名に掲げ、相撲を通じて築いた知名度や縁を、新たな仕事につなげている点が特徴です。

2026年10月時点で確認できる公式店舗サイトには、2026年4月更新の案内を含む店舗情報が掲載されています。所在地は千葉県船橋市本町4丁目の喜久水ビル2階。公式案内の営業時間は火曜から日曜の17時~23時で、月曜定休です。営業日や営業時間は変更される場合があるため、来店前には店舗の最新案内を確認するのが確実です。

引退直後の松鳳山は、栄養学や運動生理学などを学び、相撲や他競技のアスリートを支援する仕事にも関心を示していました。日刊スポーツの引退会見報道では、現役時代に食事の大切さを学んできた経験を、誰かの役に立てたいという考えが紹介されています。

その後の活動は飲食店経営という形で具体化しました。2024年のインタビューでは、相撲解説の仕事がある場合にも対応できるよう、店の準備や運営体制を考えていたと説明しています。現役時代に培った経験を、土俵上の指導だけに限らず、事業や人との交流に生かしていく姿が見えてきます。

【趣味・好物から見える人物像】ビリヤード、自転車、チャーハン

土俵上では厳しい表情と力強い攻めが印象的だった松鳳山ですが、人物紹介資料には、趣味や食の好みについても記載があります。趣味はビリヤードと自転車。好物はチャーハンと火鍋で、苦手な食べ物としてセロリが挙げられています。

ビリヤードや自転車は、相撲とは異なる時間を楽しむ趣味として知られています。ただし、これらの趣味が現役時代のトレーニングや競技成績にどのような影響を与えたかについて、具体的な説明が広く公表されているわけではありません。趣味の情報は、あくまでプロフィールから分かる人物像の一端として捉えるのが自然です。

好物のチャーハンや火鍋も、親しみやすいプロフィール情報です。大相撲の力士は体格や食事に注目されやすいものの、特定の料理が好きという情報だけで、食生活全体や体重管理の方法を判断することはできません。

一方、引退後に焼肉店を開いたことについては、本人のインタビューから焼肉好きだったことが分かります。現役時代から焼肉店へ食事に出かけていたと語っており、飲食店経営は突然思いついた転身ではなく、以前からの関心を具体的な事業に結びつけた選択でした。

松鳳山の人物像を理解するには、土俵での厳しい勝負師としての顔と、食や趣味を楽しむ一人の人間としての顔を分けて考えることが大切です。現役時代の実績と、引退後の仕事への取り組みを合わせて見ることで、その歩みがより立体的になります。

【誤解しやすいポイント】引退場所と最後に相撲を取った場所は違う

松鳳山について調べる際に注意したいのが、「最後に出場した場所」と「公式プロフィールに記録された引退場所」の違いです。日本相撲協会のプロフィールでは引退場所は2022年7月場所となっていますが、実際に取組に出場した最後の本場所は2022年5月の夏場所です。

5月場所で3勝12敗となったあと、松鳳山は6月22日に引退届を提出し、協会に受理されました。そのため、7月場所の番付上では幕下に記載された一方、最後に土俵で相撲を取ったのは5月場所という整理になります。両者は矛盾する情報ではなく、番付上の扱いと実際の出場履歴の違いです。

また、松鳳山の最高位を「東小結」とする場合は、2013年7月場所と11月場所の番付が根拠になります。日本相撲協会の基本プロフィールでは最高位を「小結」と表記していますが、場所ごとの番付を確認すれば東小結まで昇進したことが分かります。

加えて、引退後に相撲協会の親方として残らなかったことを、相撲界から離れざるを得なかったという意味に限定して解釈するのも適切ではありません。引退会見では、自身の適性や今後の働き方について本人の考えが語られています。引退の経緯と、その後に選んだ仕事は、分けて理解する必要があります。

【松鳳山】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:松鳳山の本名と出身地は?
A1:本名は松谷裕也(まつたに・ゆうや)です。1984年2月9日生まれで、出身地は福岡県築上郡築上町。日本相撲協会の公式プロフィールには、身長176cm、体重133kgと記載されています。

Q2:松鳳山の最高位は何ですか?
A2:最高位は小結で、2013年7月場所と11月場所には東小結を務めました。金星5個、殊勲賞1回、敢闘賞3回を記録しています。

Q3:松鳳山はなぜ引退したのですか?
A3:2022年5月の夏場所で3勝12敗と負け越したことが、引退を考える背景の一つになりました。本人は千代の国戦のあとに「やり切った」という気持ちになったと会見で説明し、師匠と相談したうえで引退を決めました。

Q4:松鳳山は引退後、何をしていますか?
A4:2024年5月に千葉県船橋市で「焼肉ホルモン松鳳山」を開業し、飲食店経営に取り組んでいます。2026年時点でも公式店舗サイトで店舗情報や営業案内が掲載されています。

Q5:松鳳山の所属部屋はどこでしたか?
A5:入門時は松ヶ根部屋で、その後、二所ノ関部屋を経て、最終的には放駒部屋に所属しました。部屋の変遷には師匠の年寄名跡や相撲部屋の継承が関係しています。

Q6:松鳳山の趣味や好きな食べ物は?
A6:人物紹介資料では、趣味はビリヤードと自転車、好物はチャーハンと火鍋とされています。焼肉も現役時代から好きだったと、引退後のインタビューで語っています。

松鳳山裕也は、福岡県築上町出身の元大相撲力士です。2006年3月に初土俵を踏み、2010年に新十両、2011年に新入幕を果たし、2013年には最高位の東小結へと昇進しました。通算582勝605敗22休、金星5個、三賞4回という記録は、長年にわたって幕内の土俵で戦ってきた証しです。

2022年の引退は、成績の低下だけでなく、本人が最後の取組で感じた区切りや、師匠との話し合いを経て決まったものでした。引退後は相撲協会に親方として残らず、以前から関心のあった飲食店経営に進み、2024年には船橋市で焼肉店を開業しています。

松鳳山を知るうえで押さえたいのは、最高位だけでなく、突き押しを武器に積み上げた実績、引退を決断した経緯、そして新しい仕事に踏み出した姿です。現役時代の戦績は日本相撲協会の公式プロフィール、引退の経緯は協会の発表や日刊スポーツなどの報道、現在の事業は店舗公式サイトを確認することで、それぞれの時期を混同せずに理解できます。

2026年現在、松鳳山の歩みは「元小結」という肩書だけでは語り尽くせません。16年間の力士生活で築いた経験と人との縁を、引退後の事業へとつなげていることも、彼のキャリアを振り返るうえで要点です。

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コンテンツディレクター 相沢 翠
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化粧品の全成分表示と製造販売元の公式資料、公的機関の効能評価を確認して記事化。体験談は取材了承を得た範囲でのみ引用します。

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