ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 王貞治と長嶋茂雄はどっちがすごい?ON砲の成績・関係・功績を2026年視点で徹底比較

王貞治と長嶋茂雄はどっちがすごい?ON砲の成績・関係・功績を2026年視点で徹底比較

相沢 翠 相沢 翠 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
目次

日本プロ野球の歴史を語るうえで、王貞治さんと長嶋茂雄さんの名前を切り離すことはできない。読売ジャイアンツの主軸打者として並び立った2人は、「ON砲」と呼ばれる伝説的なコンビを形成し、巨人の黄金時代と日本のプロ野球人気を支えた。

しかし、王さんは通算868本塁打という圧倒的な記録を残し、長嶋さんは首位打者6回、MVP5回、ベストナイン17回という実績に加え、「ミスタープロ野球」と称される特別な存在感を示した。では、王貞治と長嶋茂雄はどっちがすごいのか。2人の成績比較、人気や指導力の違い、巨人V9時代の関係、そして2025年6月3日に亡くなった長嶋さんへの王さんの追悼コメントから、その答えを読み解く。

【ON砲とは】王貞治と長嶋茂雄が巨人で築いた伝説の始まり

王貞治長嶋茂雄

「ON砲」とは、王貞治さんと長嶋茂雄さんの2人を組み合わせた呼称だ。王の「O」と長嶋の「N」を取ったもので、1959年から1974年までの巨人での共闘を象徴する言葉として知られている。

長嶋さんは1936年2月20日生まれ。立教大学から1958年に巨人へ入団し、1年目から本塁打王と打点王を獲得、新人王に輝いた。華やかなプレーと勝負どころでの強さによって、早くから球界を代表するスター選手となった。

一方、1940年5月20日生まれの王さんは、早稲田実業高校から1959年に巨人へ入団した。プロ入り当初から本塁打を量産できたわけではないが、打撃を磨き、一本足打法を確立。やがて日本プロ野球を代表するホームラン打者へと成長した。

2人が並び立ったことで、巨人は単に強打者を2人抱えるチーム以上の存在になった。王さんの本塁打を生み出す技術と、長嶋さんの攻守にわたる躍動感が、試合そのものを見せ場へと変えたのである。

とりわけ、1965年から1973年までの巨人は、日本シリーズ9連覇を達成した。この連続日本一が、いわゆる「V9時代」だ。川上哲治監督のもと、ONの打撃力に加え、投手陣や守備陣、チーム全体の組織力が結びついた結果だった。

なお、1959〜1974年はONコンビとしての共闘期間であり、V9の期間とは異なる。V9が始まる前から2人は巨人の中心選手として活躍し、1974年の長嶋さんの現役引退によって、選手としてのONの時代は一つの区切りを迎えた。

【成績比較】王貞治と長嶋茂雄はどっちがすごい?数字で見る決定的な違い

個人成績を比べると、王さんは本塁打と打点、長嶋さんは打率や安打数、三塁手としての実績に特色がある。日本野球機構(NPB)の個人年度別成績と野球殿堂博物館の紹介資料を基に、主な数字を整理した。

比較項目 王貞治 長嶋茂雄
巨人在籍期間 1959〜1980年 1958〜1974年
通算試合数 2831試合 2186試合
通算安打 2786安打 2471安打
通算本塁打 868本 444本
通算打点 2170打点 1522打点
通算打率 .301 .305
首位打者 5回 6回
本塁打王 15回 2回
打点王 13回 5回
シーズンMVP 9回 5回
ベストナイン 18回 17回

出典:日本野球機構(NPB)の個人年度別成績、野球殿堂博物館の人物紹介。数字は通算成績および各賞の受賞回数。打率は小数第3位までの表記。

王貞治は本塁打と打点で歴史的な記録を残した

王さんの最大の強みは、長期間にわたって本塁打を積み重ねたことだ。通算868本塁打、2170打点は、日本プロ野球史に残る突出した数字である。NPBの個人年度別成績によれば、通算2786安打、打率.301も記録している。

本塁打王15回、打点王13回、MVP9回という受賞歴も圧倒的だ。しかも王さんの価値は、単に長打を打つ能力だけではない。四球を選ぶ力も高く、相手バッテリーに厳しい勝負を強いる打者だった。

一本足打法は、王さんの代名詞として広く知られている。打撃フォームを磨き上げ、長年にわたって高い水準の結果を出し続けた点に、記録だけでは測れない技術と自己管理の強さがある。

長嶋茂雄は打率、勝負強さ、攻守の総合力で輝いた

長嶋さんの通算成績は2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305。王さんほど本塁打を量産したわけではないが、打率では王さんを上回り、首位打者を6回獲得している。

特筆すべきは、首位打者6回、MVP5回、ベストナイン17回という実績だ。野球殿堂博物館によると、長嶋さんは1958年から1974年までの現役17シーズンすべてでベストナインに選ばれた。三塁手として、長期にわたってリーグを代表する存在だったことが分かる。

加えて、長嶋さんは打撃だけでなく、スピード感のある守備や走塁でも観客を魅了した。数字に表れる実力と、球場で見ている人の記憶に強く残るプレーを両立させた選手だった。

したがって、純粋な本塁打・打点の実績なら王さん、打率や三塁守備を含む総合的なプレー、そしてスターとしての存在感なら長嶋さんに強みがある。どちらが上かという問いは、何を評価基準に置くかによって答えが変わる。

【人気と指導力の違い】王は記録、長嶋は熱狂を生み出したのか

王貞治さんと長嶋茂雄さんの違いは、打撃成績だけでは説明できない。2人はともにスター選手だったが、ファンを引きつける魅力の表れ方が異なっていた。

王さんは、打席で結果を積み重ねる姿によって評価を確立した。868本塁打という数字に象徴されるように、継続的な努力と技術の追求がキャリアの中心にある。一本足打法を磨き、長期間にわたって本塁打を打ち続けたことは、選手に求められる再現性や自己管理の重要性を示している。

長嶋さんは、プレーそのものが観客を引きつける選手だった。打席での構え、豪快なスイング、守備での動き、勝負どころでの振る舞いまでが注目の対象となり、「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」という呼称が定着した。野球殿堂博物館も、好機を逃さない打撃とスピード感のある守備でファンを魅了した点を評価している。

この違いは、王さんが記録の選手で長嶋さんが人気だけの選手だった、という意味ではない。長嶋さんにも数々の打撃タイトルがあり、王さんも記録を通じて野球人気を支えた。あくまで、2人の魅力を説明する際に、前者は継続的な打撃の成果、後者は攻守と華やかな存在感が際立つということだ。

監督としての実績も、単純な優劣では比較できない

指導者としてのキャリアにも違いがある。長嶋さんは巨人の監督を務め、1976年と1977年にリーグ優勝を果たした。1993年に監督へ復帰した後もチームを率い、1994年、1996年、2000年にリーグ優勝。2000年には日本シリーズも制した。

王さんも巨人の監督を経験した後、ダイエー、ソフトバンクの前身球団で指揮を執った。加えて、2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表監督としてチームを初代世界一へ導いた。日本球界だけでなく、国際大会でも大きな実績を残している。

指導力を比べるなら、リーグ優勝や日本一の回数だけでなく、どのような戦力を率いたのか、選手をどう生かしたのか、チームや代表に何を残したのかまで考える必要がある。王さんは国際大会での実績、長嶋さんは巨人という球団の象徴としての求心力が、それぞれの評価を形作っている。

【関係の真相】王派と長嶋派は本当に対立していたのか

V9時代の巨人について語られる際、「王派」「長嶋派」という言葉が登場することがある。2人がそれぞれ大きな存在感を持っていたため、チーム内でも派閥が形成されていたのではないか、という見方だ。

しかし、2026年に掲載されたダイヤモンド・オンラインの江本孟紀氏と柴田勲氏の対談では、柴田氏がチーム内の「王派」「長嶋派」という区分について、派閥はなかったという趣旨で説明している。長嶋さんは特別な存在として見られており、王さんとは違う種類の存在感を持っていたという証言だ。

ここで区別したいのは、2人の性格や野球への向き合い方が違うことと、互いに敵対していたことは同義ではない、という点だ。チームメートとして長年プレーした2人には、それぞれ異なる役割があった。違いが大きかったからこそ、ファンやメディアが対比して語りやすかった面もある。

王さんは、長嶋さんの存在を自らの成長の原動力として振り返っている。スポニチアネックスが2025年6月3日に報じた王さんの取材対応では、長嶋さんについて「特別な存在でした」と語り、存在感ではかなわないと感じたため、本塁打で自分の存在を示そうとした趣旨を説明している。

この証言は、2人の関係を考えるうえで重要だ。互いに異なる個性を持ち、同じチームで競い合いながら、それぞれの形で結果を出した。王さんにとって長嶋さんは、単なる同僚や比較対象ではなく、自らの野球人生に影響を与えた存在だったのである。

【V9時代から現在へ】長嶋茂雄の死去と王貞治の追悼コメント

長嶋茂雄さんは、2025年6月3日、肺炎のため89歳で亡くなった。巨人軍の終身名誉監督として長く球界に関わり、日本プロ野球を代表する人物として記憶されている。2026年の現在、長嶋さんの功績を振り返ることは、ON砲が日本の野球文化に残したものを考えることにもつながる。

訃報を受け、ソフトバンクの王貞治球団会長は2025年6月3日、球団を通じて追悼コメントを発表した。日刊スポーツや日本テレビなどが報じたコメントには、長嶋さんへの深い感謝が込められていた。

王さんは、長嶋さんが「日本球史に燦然と輝く」存在だったと述べ、「一緒に野球ができたことを本当に感謝しています」と追悼した。長年にわたって同じグラウンドに立った盟友に対する、率直な感謝の言葉だった。

加えて、6月8日の告別式では王さんが弔辞を読み上げ、長嶋さんと過ごした60有余年を振り返った。弔辞では、1959年の宮崎キャンプで同室になった際の思い出にも触れている。王さんは当時、部屋の片付けや布団の上げ下げにも不慣れで、長嶋さんに迷惑をかけたと振り返った。長嶋さんはその間、一言も文句を言わなかったという。

このエピソードから見えてくるのは、記録やタイトルの比較だけでは捉えきれない2人の関係だ。スター同士として競い合う一方、同じチームで時間を共有し、互いに影響を与え合ってきた。王さんが訃報に際して感謝を口にした背景には、長年の共闘と個人的な思い出があった。

2人の歩みは、選手としての現役生活が終わってからも続いた。2000年の日本シリーズでは、長嶋さん率いる巨人と王さん率いるダイエーが対戦し、いわゆる「ON対決」が実現した。現役時代の盟友が監督として相まみえたこの対戦は、ONという存在が選手時代だけにとどまらなかったことを示す出来事だった。

2025年の追悼報道を通じて改めて浮かび上がったのは、ON砲が単なる強打者2人の組み合わせではなかったという事実だ。互いに違う個性を持ち、長い時間を共に過ごした2人だからこそ、記録と記憶の両面で球史に刻まれている。

【プロの結論】王貞治と長嶋茂雄の評価を分ける3つの判断基準

王貞治さんと長嶋茂雄さんのどちらがすごいのか。その答えを出すには、比較の基準を先に定める必要がある。記録、プレーの総合力、球界や社会に与えた影響という3つの視点で考えると、2人の価値がより明確になる。

1. 数字と長期的な打撃実績を重視するなら王貞治

通算868本塁打、2170打点、MVP9回という数字は、王さんの圧倒的な打撃力を示す。長い期間にわたって本塁打を積み上げ、四球を選ぶ力も含めて打席で存在感を示した。記録の大きさと継続性を基準にするなら、王さんを高く評価する理由は明確だ。

2. 打率、守備、スター性を含む総合力なら長嶋茂雄

長嶋さんは通算打率.305、首位打者6回、ベストナイン17回という実績を残した。三塁手としての守備、走塁、勝負どころでの打撃に加え、ファンを引きつけるスター性も備えていた。野球選手を記録だけでなく、試合全体への影響や観客の記憶まで含めて評価するなら、長嶋さんの魅力は際立つ。

3. 球界への長期的な貢献は、2人を切り離さず評価する

ON砲の最大の価値は、どちらか一方がもう一方を上回ったことではない。異なるタイプのスターが同じチームで中軸を担い、巨人のV9を支え、日本のプロ野球に強い関心を集めたことにある。王さんの記録と長嶋さんの存在感は、互いの個性を消すのではなく、並び立つことでより大きな意味を持った。

野球史を評価する際は、単純な通算成績だけでなく、現役期間、守備位置、タイトル、チームへの貢献、時代背景を併せて見ることが大切だ。特に、現代の野球とV9時代では試合環境や競技を取り巻く状況が異なるため、異なる時代の選手を同じ指標だけで順位付けすることには限界がある。

王さんと長嶋さんは、競争相手でありながら、互いの価値を引き出した稀有な組み合わせだった。どちらか一方を選ぶことよりも、異なる強みが合わさったときに球界全体へどれほど大きな影響を与えたのか。その視点こそ、ON砲を理解するうえで最も有効な判断基準となる。

【王貞治長嶋茂雄】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:王貞治と長嶋茂雄は、どっちがすごいのですか?
A1:本塁打と打点の記録では王貞治さんが優位です。通算868本塁打、2170打点は突出した実績です。一方、長嶋茂雄さんは打率.305、首位打者6回、ベストナイン17回という成績に加え、守備やスター性でも高く評価されています。何を重視するかで評価は変わります。

Q2:ON砲とは何ですか?
A2:巨人で活躍した王貞治さんと長嶋茂雄さんのコンビを指す呼び名です。王さんの「O」と長嶋さんの「N」を組み合わせた名称で、1959〜1974年の共闘を象徴しています。2人は1965〜1973年の日本シリーズ9連覇を支えました。

Q3:王貞治と長嶋茂雄は仲が悪かったのですか?
A3:「王派」「長嶋派」という言葉で語られることはありますが、元チームメートの証言では、2人のタイプの違いと派閥の存在は区別されています。王さんは2025年6月の追悼コメントで、長嶋さんと一緒に野球ができたことへの感謝を述べており、長年の共闘を振り返っています。

王貞治さんと長嶋茂雄さんは、同じ巨人でプレーしながら、異なる強みで日本プロ野球の歴史を築いた。王さんは868本塁打という記録で打撃の可能性を示し、長嶋さんは首位打者6回、ベストナイン17回の実績と圧倒的な存在感で、野球を観る楽しさを広く伝えた。

1959〜1974年の共闘と、1965〜1973年のV9時代。ON砲が残したものは、優勝回数や個人記録だけではない。異なる個性が互いを引き立て、チームの成功と野球人気を同時に支えたことにこそ、その本質がある。

2025年6月3日の長嶋さんの死去を受けた王さんの追悼コメントは、2人の関係が数字だけでは語れないことを改めて伝えた。2026年以降も、王さんの記録と長嶋さんの功績は、歴代プロ野球選手を評価する際の重要な基準であり続けるだろう。どちらがすごいかという問いへの答えは一つではない。しかし、2人がそろったからこそ生まれたON砲の価値は、今も揺らいでいない。

同じカテゴリの記事

相沢 翠
コンテンツディレクター 相沢 翠
プロフィールを見る →

化粧品の全成分表示と製造販売元の公式資料、公的機関の効能評価を確認して記事化。体験談は取材了承を得た範囲でのみ引用します。

おすすめの関連記事